2006年02月18日

ハーフライフ2 サバイバーに(一瞬)寄せた期待

ハーフライフ2サバイバー

…なんだ、FPS+ガンシューティングのゲームができるのかと思ったら。
ただのFPSでした。

(一応、先例としてカプコンのガンサバイバーシリーズがあるが、あれ、移動操作がへぼかったし)

しょうがないので妄想的ガンシューティングFPSの操作系を記して、一瞬見た夢への供養とする。

ガンコントローラ
(片手で支えることになるので、軽くする等して負担を低減)
 トリガー
 武器変更ボタン

レバー(左手での移動操作用)
 8方向アナログ(8方向移動)
 8方向ハットスイッチ(親指で操作する。視点変更用。首を曲げて瞬間的に右を向く、上を向くといった行動に相当)
 必要に応じてボタン数個(ジャンプ、しゃがむ等)
 
ペダル
 右ペダル:右を向く(右旋回)
 左ペダル:左を向く(左旋回)
 

アーケードゲームは、家庭用ゲーム機の性能が上がりきって、かつネット環境まで普及しだした現状、大型リッチインターフェイスに拘らなけりゃ、差別化できないよなぁ、などと思いつつ。
posted by yocc at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月11日

世間の圧力はネットにも及ぶ?

「ネットのリアル化」を巡る議論の混乱にそろそろ終止符を打・・・ちたい

【匿名実名】デジタル・ ディバイドの二つの境目

ネットへの価値観によって立場が違ってくるんだなぁ、と。

1.ネットは世間を拡張するもの
ブログセレブの認識としては「リアル>ネット」、もしくは「リアル≒ネット」

ネットに対しては、リアルを拡張する存在と認識している感。リアルで価値のある社会的地位を持っていること多し。それをネットに持ち込む
この人らはネットは世間を拡張するものと見てる。エンハンス世間。

2.ネットは第二の世間
ネット住人な方々はというと「ネット≠リアル」ネットとリアルはパラレルワールド

リアルでの社会的地位にたいした価値がないなら、「ネット上の何々さん」としてスタートしなおしたほうがいい人々。ネット内のことはネットで完結させたい。

ここの住人にとっては、ネットは第二の世間として機能する。第一世間と第二世間はもちろん相互に影響を与え合うけれど、独立性も高い。

もうひとつ、追加してみる。

3.ネットを世間とは見なさない
古い世代の人間。リアルだけで完結している人々。ネットを理解しない、あるいは価値を認めていない人々。
ここで「巨大な無理解」と呼ばれてる壁をこしらえてる人ら。(旧来の)世間で価値ある社会的立場を得ている人は、ここに属することが多い。


んで、ネットは(旧来の)世間に対する影響力を日増しに強めつつあるわけだけれど、それと同時に、旧来の世間がネットを排斥、あるいは取り込もうとする動きも強まっていくだろう。ネットを世間とみなさない層からは、見えないところから影響を受けるわけで、これは面白いはずがないだろうから。

たとえばこの記事。
http://premium.nikkeibp.co.jp/itm/int/15/
ネットへの危惧はわからんでもないが割愛。
総ID制による顕名化ってのは、(旧来の)世間から制御できないネットを、なんとかして手綱をつけて取り込もうって動き。こういう圧力がこれから増えていくだろう。

あるいは、このあたりは、そういった流れに対する危惧の表明(のようにも読める)。

ちなみに、こういった圧力でいままでで一番強烈だったのは多分、「京都府警による金子氏逮捕」だと思う。強力な匿名コミュニケーションのツールになりうるはずだったWinnyが止まってしまったわけだ。

ネットに本質的な価値を認めていない層は、古い“世間”ではおおきな力を持っていることは忘れちゃいけない。
こういった古い人達は、年月とともに退場してってくれるはずだけれども、そうそう簡単に消えてなくなりはしない。



まー、ちょうど、サイバースペース独立宣言から10周年らしいし。
ネットに価値を感じている人は、戦争するための心構えぐらいはしといたほうがいいかもしれない。完全な独立なんてのはありえないが、今の古い“世間”がうざったいと思うなら、ネットの独立性は保持しておかないとダメだ。そのための理論武装のためにも、社会におけるネットの価値というものを見定めていかなくちゃいかんだろうなぁ、などと、このあたりを読みながら思ったり。
posted by yocc at 19:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 世の中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

コンピュータRPGはもうイラネ

ゲームが単調作業なのか、ゲームを作業作業にしているのか

プレイヤー側からの意見をば。
コンピュータRPGというのは、疲れてるときでもなんとなくぼへぼへと進めることが出来る。それが良いところであり……最近になって、実はコンピュータRPGというのはそこにしか価値が無いんじゃないかと思うようになった。
結局、コンピュータRPGというのは、労力は使っても意志力をかけらも費やさずに、達成感をお手軽に得るための手段となっているのだ。
っていうか、自分が書くよりも多分こっちの記事のほうが実感がこもっている。

ボタンを適当に押していると、画面の中でキャラクターが動き、敵を倒し、レベルが上がり、物語が進んでいく。戦略性だのナンだの、といったことは実は味付けに過ぎず、要はコントローラーを握っていればゲームが進んでいき、達成感のようなものを感じられればそれでいい。

よって、ゲームデザインとしては、
1.とにかく低ストレスでゲームが進んでいく
2.プレイヤーに、自分の力でゲーム内物語が進んでいく、と錯覚させる。

こんだけ満たしてればよろしい、ということになる。



自分はRPGは、疲れて何もする気がないのに時間が空いている、というテンション最低のときぐらいにしかやらんようになりました。

能動的に何がしかを求めているときは、ゲームやるにしても他のジャンル選びます。たとえばアクションゲームはタイミングや反射神経の妙、訓練によるプレイヤースキルの向上等を楽しめる。
もちろんゲームですから、ゲームの領域を超えたものはけして得られないわけですが、アクションゲームの場合はまだしも、費やした時間に対して得られる結果は一時的なものなので、ゲームに時間を費やしているという実感を持てる。
RPGにはどういうわけかそれがないのですな。際限なく時間を飲み込んでやめどころがなく、しかも、物語の進行や、あがったレベルなどで一応の成果が残る。ヘンな達成感があるわけです。
(物語を体験できるという意見もあるかもしれませんが、自分はゲームが語る物語にほとんど価値を見出さないので。というか良く出来た物語に遭遇するたびに「ゲームじゃない媒体で語れよ」と思う)

この変な達成感がよくないというか、自堕落への道(笑)
子供を持ってもゲームを禁じることはないだろうけれど、RPGだけはさせたくないですねえ。なんの苦労もなく、達成感だけは得られる、というのは経験させたくない。


ま、そんなわけで。自分はコンピュータRPGというものには批判的。
posted by yocc at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

褒めてりゃいいってもんじゃない

ブログでは「褒め上手」がトクをする

企業がブロガーさんに求めているのは営業としてのクチコミ活動なので、企業さんと仲良くしたければ大いに褒めなさい、という話。

こう書くと身も蓋も無いなあ(苦笑)

つか、褒めるメインにしてポジティブな方向で回していこう、と言いたいのはわかるのだけれど、TVCMのアレっぷりに辟易している身からすると、クチコミ・マーケティングによってCMばりの洗脳記事があふれる事態は避けたい。※1

よって、正しい(と筆者が信じる)クチコミ経済活動について述べようと思う。クチコミといっても幅が広くて拡散してしまうので、一番身近なアフェリエイトを例に取り上げる。

アフィリエイトの金の流れはこうだ。
まず問屋の品を紹介者が紹介する。消費者(ブログ読者)がその紹介を経由して品物を買うと、紹介料が紹介者の懐に入る。
この流れでは当然ながら、紹介者が品物を批判しても、何も見返りは無いので、アフィリエイトにおいては、得をしたければ褒めるべし、っていうのはまさしく当たっている。※2
アフィリエイト広告を出すっていうのは、要するに企業さんの出張営業を引き受けるってことなわけだ。

ただなァ……
企業さんのほうだけではなく、読者のほうも見れよ。
品物にせよなんにせよ、褒める、けなすってのは価値判断を行うってことだけど、その判断基準は紹介者自身の中にある。
ブログの読者があなたの見立てをどの程度参考にするかは、あなたの価値判断を、読者がどの程度信用しているか、に依存する。
そういう信頼関係というのは、基本的にはこれまでの活動から培われるものだけれど、壊れるときは一瞬だ。

先ほど、アフィリエイトでは紹介者は問屋側から紹介料を得ると書いた。また、消費者(読者)側は紹介を経由して買っても、金銭的な不利益をこうむるわけじゃない。
けれど、アフィリエイト広告であることを承知の上で、そこを経由して品物を買うような人というのは、あなたの見立て能力に対して見返りがあるように、と意識した上でやっている。少なくとも自分はそうだ。
あなたのレビューを、読者が評価し、信頼に足るかどうか判断しているということを忘れちゃいけない。

アフィリエイトの紹介料は、読者との信頼関係ありきであなたの懐に入ってくる。
誠実であれ、ってことで。


もうひとつ。褒め方について。
広告業における告知と洗脳の分離

“洗脳機能”には手を出すな。
読者の印象を誘導してはならない。意図的にやったら、それは明らかな邪悪への道だ。また意図的でなくとも、読者の信頼を失う可能性がある。

自身の印象を書くことはよいけれど、それを読者が未来に受けるかもしれない印象であるかのように書いたりするべきではない。
とはいっても…

例:
 〜すべてを読み終えたとき、(あなたは)この物語の大きな構造に気づくはずだ。

無意識のうちに誘導するようなことを書いているかもしれない。そもそも、自分の主観を排除することはできないというのもある。(わかってる読者はさっぴいて読んでくれるけれど)
そこで、洗脳機能に対するワクチンとして、あなた自身の価値判断の材料がなにかを記しておこう。どのようにして好印象を持ったか、といった経緯を書いておけばいい。
特に書き手の立場は、できるだけ明確にしておくべき。どういった立場からレビューを書いたかというのは、読者があなたのレビューを評価するに当たって、ものすごく重要な判断材料になるからだ。
ここでの詐称は致命傷だ。特に金銭の流れの詐称は……
イチ消費者と偽って、企業から金を貰って提灯記事を書いたりしたら袋叩きに合う。

ちと捻った例を挙げる。
ITmediaは広告収入で運営されている媒体だけれど、RSSリーダーで記事を流し見ていると、たまに先頭に「PR:」の文字がつくことがある。
その気になって探してみると、あちこちに「PR」という文字は見つかる。意味合いについての解説は見つからなかったが、これはようするに、その記事は宣伝ですよ、という断り書きだろう。
広告代を貰った上で書いている記事なので、その分を割り引いて読んでくださいというエクスキューズなのだろうと思う。
ITmediaはこうして、広告収入を維持しながら、メディアとしての信頼度を保とうとしているわけ。

とはいえブログの場合、特に長く続けてきて蓄積がある場合は、特殊な場合以外は立場について明記する必要も無いだろう。過去のエントリーを参照してください、ですんでしまう。


一応、総括。
褒める、それはよし。ただし、読者との信頼関係がなければあなたの見立ては受け入れられないし、下手な見立てを繰り返せば信頼を失ってしまう。
読者の印象を誘導してはならない。価値判断の根拠をできるだけ示すべし。とくに自分の立場は明らかにしておくべし。

アフィリエイトで受け取る紹介料というのは、問屋からの営業手数料という側面とは別に、紹介者の目利き能力に対しての読者からの報酬、という面がある。読者は、あなたのレビューがどの程度信頼できるか、測りながら読んでいる。

こんなとこで。


※1
http://plusdblog.itmedia.co.jp/naskal/2005/08/post_9a2d.html
似たような「もっと褒めよう」ということを、ITmediaのライターさんが言ったんですな。炎上気味ではあるものの、コメント欄は必見。かなり身も蓋もなく語ってくださっています。

※2
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20060202.html#p01
高木浩光氏がamazonレビューに痛烈な批判を投稿したが、採用されなかったらしい。
amazonは否定的な評価でも、遠慮せずに載せている印象があったが……
当たり前だが、品物を売るためには否定的なレビューはいらない。しかし、褒めるレビューばかり掲載しては、レビュー自体の価値がなくなってしまう。(信頼を失う)
posted by yocc at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 世の中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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